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​第6回 研究会 「筑後国府跡について」 久留米市 市民文化部 文化財保護課 神保公久

九州一の大河・筑後川は、肥沃な穀倉地帯である筑紫平野を形成し、その中心に位置する久留米市には、古代より数多くの遺跡が営まれた。律令期には筑後国を統括した国府が設置され、北部九州のほぼ中心に位置する地理的な好条件に加え、筑後川の水運を期待しての事と思われる。

筑後国府跡は、筑後川の氾濫原に隣接する低位段丘上に広がっており、国府の立地する台地の南端には、水縄断層系千本杉断層によって形成された断層崖が迫る。国府の西端は高良川、東端には井田川が北流し、国府域の四至を画している。国府域は、およそ南北1㎞、東西1.2㎞の範囲に広がり、約南東2㎞には、筑後一ノ宮・高良大社が鎮座する高良山が聳える。西海道を統括した大宰府とは駅路・西海道で結ばれ、直線距離は約22㎞、『延喜式』に「筑後国行程一日」とある大宰府に最も近い国府である。

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